非歯原性疼痛とは
我々、歯医者は傷害事件を担当する刑事です。あなたの歯を痛めつけているのは誰なのか。毎日飛び込んでくる110番。しかし時として迷宮入りしかける事件があります。そんな、お口の中のミステリー。「犯人は歯の神経、あなたです!」これはよくある事件で、経験がおありの方も多いでしょう。専門的には歯の神経の痛みは内臓の痛みに分類されており、犯人の特定が困難なこともあります。お腹が痛い時に「小腸の2段目のこのヒダヒダが痛いんですよ」とは説明できませんよね。「なんかお腹痛くて…」とお医者さんに伝えると思います。歯の神経の痛みも「ここらへん全部痛い」と訴えられることがよくあるのです。これはよくあるネタなのでベストセラーにはなりません。では歯が痛いのに犯人がお口の外にいたらどうでしょう。ちょっと意外性がありますね。
歯が痛いのに歯が原因ではない。これを非歯原性疼痛と言います。一昔前までは「不定愁訴」とレッテルが貼られていた症状の理解はだんだんと進み、日本の歯学部でもきちんと教育がされるようになっています。れっきとした歯科の一分野なのです。余談ですが、アメリカではこの分野の専門医の初任給は日給で10~15万円ほどだそうです。それほど社会のニーズが高い分野ということです。
我々、人間は自らの経験を大事にします。「賢者は歴史に…」といった言葉も知ってはいますが、今日まで生存してきたからこその経験なのです。私がいきなり「あなたの歯痛の原因はほっぺたの筋肉ですよ」と伝えても、納得いただけないのは仕方のないことです。「頭痛の痛みが歯に現れているのです」や「ウイルス性疾患の後遺症が原因です」と言われても「そんなことあるかい!」と思われるでしょう。「身体的には何の異常もないけれども、歯が痛んでいるのです」といったケースさえあります。
そんな常識はずれな犯人を見つけるには手がかりが重要です。解決されない難事件でお悩みの方は、まずはご自身の痛みをよく観察して手がかりを集めて、そして「刑事」に相談してみてください。
略歴
平成26年、北海道大学歯学部卒業後、令和2年、北海道大学大学院歯学研究院口腔健康科学専修博士課程修了。令和5年10月から吉田歯科口腔外科に勤務。
(ハコラク 2025年5月号掲載)