“堀川”の疎水事業を通して
市街地形成の礎を築き火難を伝える本堂を再現
「本願寺函館別院」は、京都市の西本願寺を本山とする寺院。本願寺派の北海道開教は、松前藩の宗教政策により約200年に渡り禁じられていたが、1857年に江戸幕府の公許を受け、蝦夷地の開教活動に従事していた堀川乗経が、陸奥国(現・青森県)にある自坊の名を冠して「願乗寺休泊所」を創設。これを60年に「本願寺掛所」とし、77年に現在の公称となった。堀川乗経は、北陸地方の門信徒を清水郷(現・北斗市)に入植、開墾させるなど、開拓功労者としても知られる。1859年には、寺近郊の亀田川をせき止め水害を防ぎつつ、水不足に悩む住民に飲料水を供給する疎水道を1年足らずで掘削。願乗寺川とも堀川とも呼ばれるこの水路は、89年の上水道完成に伴い埋め立てられ現在の高砂通りとなり、函館市堀川町の町名にもその名を残す。
寺の歴史は、火難の歴史でもあり、1868年、箱館戦争で本堂が類焼したのを始まりに、その後、4度の大火に見舞われ、仮本堂の時代も長く続いた。現在の本堂は、不燃質のレンガ建築だった明治後期の本堂を模したもので、2013年に新築したのを機に、「函館西部地区バル街」や「はこだてカルチャーナイト」で門戸を開くなど、地域に根差した寺院づくりを目指している。
(ハコラク 2022年 4月号掲載)
浄土真宗本願寺派 本願寺函館別院
函館市東川町12‐12
☎0138‐23‐0647
寺務所8:00~18:00
無休 P有り