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公立はこだて未来大学開学20周年特別企画「まず、やってみよう」③/「まだ見ぬ何か」求め集った教員陣

 公立はこだて未来大学が受験生向けに毎年制作している「大学案内」をめくると、教員紹介の項目に各々の専門分野とともに「前歴・前職」が掲載されている。他大学から移った教員のほか、東芝や日立、ソニー、NTTなどの大企業、さらに各種研究所から門をたたいた人材も多く、大学の持つ多様性を若者たちに伝えている。「まだ見ぬ何か」を求めて全国各地から函館に集まり、未来大ならではのオープンなカラーを作りあげていった。

 「今までにない大学を」

 「函館で大学をつくりたいから、コンセプトづくりを手伝ってほしい」―。美馬のゆり教授(60)と夫の義亮(よしあき)教授(63)が東京都内のホテルに呼ばれたのは1996年4月のこと。公立大設置に向けて設けられた開学準備委員会からの誘いであり、委員の一人には後々に公立大構想と一体化する「湧源大学」を提唱した広中平祐氏が名を連ねていた。
 のゆりさんは広中氏が全国各地で開いた「数理の翼セミナー」の1期生。当時日本IBMの研究所に勤めていた義亮さんは3期生という間柄。このほかにも広中氏と面識があり、コンピューターや教育に知見のあった8人が集められ、後の「計画策定専門委員会」のメンバーとして大学の中身づくりに着手した。
 当時、都内の女子大学で講師の職に就いたばかりののゆりさんは、ある不満を抱いていた。「入ってみると、(大学側は)学生たちのことを考えていなかった。詰め込み型の教育ではなく、学生が自発的に学べるように作り直してみたい」。最初は軽い気持ちで会議に参加していたというが、作業に当たりながらも函館に赴任することができないメンバーも多く、「誰も行けないのでは立ちいかない」(義亮さん)と、夫妻で函館行きを決断する。義亮さんは開学1年前から函館入りして準備に携わるとともに、「今までにない情報系大学」を具現化するため、コンピューターやデザインに精通した人材の確保を進めていった。
 
 〝斬新さ〟に魅せられて

 情報デザインを専門とする木村健一教授(63)は、宮城高専(宮城県名取市)で教員を務めていた98年、計画策定専門委のアドバイザーだった多摩美術大学教授(当時)の須永剛司さん(現・未来大客員教授)から声がかかった。図書館やスタジオ、ギャラリーなどからなる仙台市の公共施設「せんだいメディアテーク」の計画策定に携わった中、プロポーザルコンペを経て決まった未来大の斬新な建築に魅せられた。「全面ガラス張りで、メディアテークとよく似ていたんです。“ぜんぜんないもの”を作るということが設計やカリキュラムに表れていて、関わってみようと思った」と、当時を振り返る。
 若手研究者も真新しい船に乗った。北大工学部出身で、北大発のベンチャー企業でハードウェアの設計を手掛けていた長崎健教授(51)は、大学時代の指導教官だった川嶋稔夫教授に誘われた。「企業に3年勤めていたが、短時間で効率良く開発できるものを考えるようになっていて、同じことばかりやっている感じが見えてきていた」。オホーツク生まれで新しもの好きの青年は、縁もゆかりもなかった函館に新天地を求めた。
 
 函館に根付く人材確保へ尽力

 義亮さんとともに開学準備の中核となったのゆりさんは、地域に根付いた大学づくりを進めていく上で、声をかけた人々に「函館に住んでもらう」ことを強く意識したという。市に掛け合い、市内の幼稚園や小中学校、高校などの位置を示した地図を作ってもらった。函館での生活において、市内の教育環境が整っていることを知ってもらうためだった。
 さらに、多様な人材を迎え入れるための事務的環境も整う方向にあった。大学新設に際して順守が必要となる「大学設置基準」には、設置審査の内規と、付随する申し合わせ事項が2003年まで存在した。中でも教員の資格審査に関しては「教育上の業績等も勘案する」との文言があったが、開学前の97年には、これに「職務上の実績」が加えられた。教職者以外の人材を受け入れるための門戸が広げられたことになり、「風が吹いた」とのゆりさんは振り返る。
 
 研究の知見 地域に還元

 開学した2000年度は教員46人でスタート、今年度は70人が在籍する。それぞれが研究領域を生かし、地域の中に入っての活動が、近年の函館・道南のまちづくりに与えた影響は少なくない。
 長崎さんは5人の教授・准教授でつくる「マリンITプロジェクトチーム」の一員として、福島町の養殖施設でアワビの成長を簡単に計測するためのシステムづくりなどに取り組んでいる。「未来大はしがらみが少なく、殻にこもらずに相談できる空気がある。函館の街も整っていて、医療機関の質も高い」と話し、都市としての潜在能力は高いと指摘する。
 木村さんは市の公共交通の在り方を議論する「生活交通協議会」の発足時から委員に名を連ね、会長も10年以上担った。函館山ロープウェイや市電の電停、五稜郭築造150年に合わせた円筒形の掲示塔「リトファスゾイレ」など、携わったデザインの数多くが街の中にあふれている。自治体との作業も多いが、「函館は立場が変わっても最後まで関わってくれる。信頼できる方々との出会いがあった」と、この地での仕事にやりがいを感じている。
 美馬のゆりさんは野外劇に幅広い世代が参加して楽しむ姿や、函館公園が市民の手で作られた歴史に感銘を受けたといい「まず自分たちでやってみようという文化や気概が函館の中に脈々とある。大学づくりにも通じるものがあったのでは」とみる。08年に「サイエンス・サポート函館」を立ち上げ、翌09年からは「はこだて国際科学祭」を続ける。「世界のことを考えながら函館で地に足をつけて新しいことをやってきた中で、函館での事例をもとに各地で話ができるようになってきた。(この20年で)理論的なベースができたことが大きい」。各々の活動によって生まれたさまざまな知見が、地域に還元されている。(千葉卓陽)

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