あるテレビ局から電話があり、べこもちについていろいろ聞かれた。数年前、かなり詳しく調査してまとめたものを、ネットでご覧になったらしい。
べこもち研究家を自負している私は嬉々として答えていたら、「つまり先生、べこもちは、やはり小樽が発祥ということでいいすね?」と言われて慌てた。「違いますよ! 函館です! …いえ、函館経由説と日本海側経由説の2つの仮説があるということです! 小樽だと言い切ってはいけません! 津軽海峡を挟み、下北半島と函館の文化交流の結晶が今のべこ餅のルーツの一つであることは必ず放送してください!」。私の語気は強かったはずだ。
番組的には小樽を取材してべこもちのルーツ探しをしたかったかもしれない。確かに小樽にもべこもちを扱う餅店は何軒もある。歴史もある。しかし、べこもちの起源は小樽だと言い切るのは間違いである。津軽の海を越えた餅、日本海側に渡った餅のそれぞれが、それぞれの生活文化の中で変化しながら大切に作られ続けてきたのだろう。
函館で生まれ、留守はあったが、再び住んで子育もし、夫は今も函館にいる。だが、自分の「函館愛」はそれほど強くないような気がしていたが、違った。写真の餅はわざわざ函館の餅店から札幌に送ってもらったものだ。函館の餅はおいしい。そしてべこもちは函館名物である。小樽に負けては断じてならない。不思議なライバル意識に燃えている。なんとかしようと思う。(生活デザイナー)