アカデミー賞で日本人初のメイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞した辻一弘さんのインタビューを見た。日本の若い人たちへのアドバイスの中に「海外に出ること」という一言があった。視野を広げ、多くの経験を積むことができるからだという。わが家の二人の娘たちも留学をしてよい経験を積んだと思う。だが、学び育った土地で仕事をして年齢を重ねることは平凡すぎるか。刺激のない生活か。断じてそんなことはない。
最近、工芸作家や職人さんだけでなく、さまざまな家業を継いでいる人たちとお話をする機会が増えたのだが、皆さん魅力的である。それぞれのご苦労や不満もあるはずだが、一つのことを追求してきた自信に満ち、話はいつも楽しくて飽きない。ノートルダム清心学園の渡辺和子先生の名著「置かれた場所で咲きなさい」は、タイトルそのものが多くの人に勇気を与えた。広い世界から知識や感動を得るか、一つのことを深く掘り下げて確かな技術と豊かな人間関係を築くか、そこに優劣などあるはずはない。家庭の事情はだれにでもあり、健康状態もみな違う。幸せにはスタンダードも近道もないということだ。
目下就活中の次女は東京の青空にそびえるビル群に圧倒されてため息がでたという。イギリスで学ぶ長女もヨーロッパの空の広さを言う。だが辻さんも渡辺先生もたぐいまれな努力をなさったことは間違いない。どの空の下で何をしてもよい。努力を惜しまない人生を歩いてほしい。(生活デザイナー)