音楽が趣味の友人夫妻が野菜作りに熱中して数年経つ。自らも華やかなステージに立つ彼らが、畑を耕し始めたきっかけはまだ聞いていないが、畑の面積は年々広がり、収穫量も趣味の域を超えている。
現役で仕事をする多忙な日常のどこに畑仕事をする時間があるのか不思議でならないが、その時間が作れるからこそ、仕事も充実しているのだろう。ついに大きなトラクターも買ったというから、収穫物だけでなく、目に見えない土の力に完全に魅了されたに違いない。
確かに土には大きな力がある。花や農作物を育むだけでなく、人を元気にしてくれる。97歳の母は記憶の混濁(こんだく)もないし、物忘れもひどくないが、年齢相応に姿勢と歩き方には問題があり、一人で遠出はできない。だが狭い庭に連れて出だすと、とたんに目を輝かせ、小さな蕾や草の芽を見逃さない。足腰たよりないはずなのに、しゃがんで草むしりもする。不思議でならない。
心身の疲れで休養が必要になった友人も何人か、畑を借りて始めた農作業ですっかり回復した。優雅な旅やホテル暮らしでは治らなかったのにと皆一様に振り返る。今でも定期的な畑作業が健康の鍵のようだ。確かに私にとっても束の間の土いじりは疲労回復の特効薬になっている。
思えば日々使う陶器や磁器も土を成形した焼き物である。各地で土の成分が違うので焼き物の個性も違う。土は私たちの心身の健康を支えてくれている。友人から届いた野菜を見ながらしみじみそう思う。大地は大切にしたい。(生活デザイナー)