すでに朝夕は涼しい。日中との温度差が大きいので気温の変化に体がついていけない。北国はお盆が過ぎたら秋風が吹き始める。今年も散歩道のススキが刻々と育っている。豪華客船に患者が出たという報道はまだ雪深い頃だった。春には収束するかと思っていたら卒業式も入学式も中止。夏には何とかなるかと期待していたが、不安はつのるばかりで、ついに秋風が吹き始めた。
先日、「食べているときはおしゃべりをひかえて」という新しい生活提案のフリップをテレビで見て、事態の重大さをあらためて痛感した。大皿から取り分けることや鍋料理なども、もちろんだめである。日本の食事の場面は、個々人の自分用のお膳から、家族みんなで囲むちゃぶ台になり、ダイニングテーブルへと様変わりしてきた。その変化は食事がコミュニケーションの場へと変わってきた歴史でもあった。「食事中はしゃべってはいけない」と厳しいしつけがなされていた時代もあったことをふと思い出した。
外食とて同じである。冠婚葬祭や儀礼的な接待の場から家族や仲間との語らいの場へとその役割を変えてきた。遠方の人を訪ねることも交通機関の目覚ましい発達で可能になったのに、手段はあっても今は使えない。手にした文化と科学を見直せ、不自由だった時代を思い出せと、誰かに声高に叫ばれている気がしてくる。新しい生活は「古い生活」に戻せということか。どうしたものだろうか。(生活デザイナー)