老衰と延命について
~老衰の自然経過を知ることの重要性~
医学では高齢の方が人生の最終段階に入り、体がゆっくりと弱っていくことを「老衰」と呼びます。老衰は“病気”ではなく、長年働いてきた臓器の力が全体として少しずつ尽きていく自然な経過です。食事量が減り、睡眠が増え、肺炎などを繰り返しながら、体の基礎体力そのものが静かに低下していき、一度肺炎が治ったと思っても、また起こり、少し回復しては弱る―そんな緩やかな波を描きながら、生命の灯火は徐々に小さくなっていきます。
私は、こうした自然の流れを十分に理解しないまま行われる「延命治療」を「本人の体力を無視して治療を行い、その結果、治療の前後で本人の状態が著しく変化してしまう医療行為」と捉えています。つまり、残された力を大きく超える負荷を加え、結果として苦痛や不利益が増えてしまう医療のことです。
典型例の一つが、心肺停止に対して蘇生行為を行う場面です。心肺停止は体が「これ以上は頑張れない」という限界のサインですが「蘇生すれば元に戻るかもしれない」という期待から、心臓マッサージ、気管挿管、強力な薬剤投与、電気ショックといった医療行為が実施されることがあります。ところが、全身の臓器が限界にある老衰状態では、これらの強い処置に耐える体力がすでに残っていません。
仮に一時的に心拍が再開しても、治療前の状態に戻れることはほとんどありません。肋骨骨折による痛み、人工呼吸器への依存、強いせん妄、意思の疎通ができなくなるなど、治療前よりも苦痛が大きく、本人らしさが損なわれた状態へと変化してしまうことが多いのです。これこそが、延命治療が招く「状態の著しい変化」です。
医療の目的は「生きる時間をただ延ばすこと」だけではなく「その人が最期まで自分らしく、生きやすく過ごせること」を支えることにあります。老衰という自然の流れを理解し、その人の体力と願いに寄り添った医療を選ぶことは、本人と家族の双方にとって大切な選択です。本意ではない延命治療を「しない」という決断もまた、尊厳を守る大切な医療なのです。
(ハコラク 2026年2月号掲載)



