我が家の古い食器棚と本棚のシールがなんとしてもはがせない。数十年前、義父母もきっと苦心したに違いない。夫が子どもの頃に貼ったものだからだ。子どもはなぜシールをどこにでも貼るのか不思議に思っていたら、達成感があるからだと専門家に聞いて納得した。台紙からはがすのも、指に付くのもしかられながら見えないところに貼るのもすべて面白い。この達成感を幼いころにどれだけ経験するかが、その後の学ぶ姿勢に関係するのかもしれない。
大学の定期試験の採点を始めると毎年考え込んでしまう。成績の差は能力だけの問題ではなく、子ども時代からの達成感の違いに思えるのだ。漢字を一つ覚えた時や足し算が一題できた時の喜びなど、知識が増えた時の小さな達成感を積み重ねることが大切なのではないか。その達成感はその後の学ぶ意欲や大人になってからの積極的な生き方にもつながるように思う。
こんなことを覚えて何の役に立つのかと思えば、暗記する気にならないのは当然である。確かに今は検索すれば何でも分かる。だが限られた時間に記憶すること、記憶しようとすること自体に意味があるのだと私は思っている。
化学反応式も歴史上の出来事も微分も積分も日常では使わない。だがそんなことを覚えるプロセスで身につく思考力や論理性が、社会に出てどれほど役に立つか、どうやれば彼らにそれを伝えられるか、40年も教師をしているのに毎年この時期、忸怩(じくじ)たる思いでいっぱいになる。(生活デザイナー)