臥牛山4月20日・報道の大義
今月14日以降、震度7や6強が頻発した熊本大地震。ニュース映像は被害の大きさに伴って刺激的な内容が多く、報道機関の人間が言うのもなんだが、直視できないほどショッキングな映像も多かった▼被災地の取材をしていた在阪テレビ局の中継車が、ガソリンスタンドで給油待ちをしていた車の列に割り込んで給油をしていた。新聞に比べて速報性が求められ、時間に追われていた理由こそあれどあってはならない▼マスコミの末席を汚す者として、伝えることの重要さを否定してはならないが、メディアは被災者に頼まれている訳ではなく、言わば勝手に取材に行っているだけでしかない。被災者をないがしろにしてまで行う報道に大義はない▼別の在阪局のアナウンサーが、東日本大震災の際にツイッターでこんなことをつぶやいていた。「しんどくなったらテレビを消してください。好きな音楽をかけてください。お風呂に入ってください。(中略)無事な人は心に余裕をもてるように」▼大災害が起こると、どうしてもインパクトの強い映像がちまたにあふれる。気がめいるという人も多いと思うが、伝えるという仕事を担う身として、相手に寄り添うという姿勢を忘れてはならない。自戒を込めて。(C)