土方歳三をはじめとする箱館戦争で戦死した旧幕府軍兵士を祭る「碧血碑」(谷地頭町1)で25日、慰霊祭(函館碧血会主催)が行われた。子孫や碧血会会員ら約70人が参列し、碑前で手を合わせ、戦死者をしのんだ。
箱館戦争が終結した1869(明治2)年以降、旧幕府軍は賊軍とされ、新政府によって戦死者の遺体を埋葬することが許されず、兵士の遺体は市内に放置されている状況だったが、当時の侠客・柳川熊吉がその惨状を見かねて、実行寺住職の松尾日隆らと協力して仮埋葬した。74年に旧幕府軍兵士の祭祀が許可されると、熊吉が土地を購入し、75(明治8)年に榎本武揚や大鳥圭介らとともに戦死者を祭る碧血碑を建立した。
慰霊祭は戦死者の一人、中島三郎助の最期となった旧暦の5月16日に当たる6月25日に合わせて開催されている。この日は実行寺の望月伸泰住職による読経、生花による散華などの法要が執り行われ、参列者が焼香、合掌し戦死者の冥福を祈った。
函館碧血会の佐藤豊副会長は「会員の高齢化などもあるが、慰霊祭は大切な文化として続けていきたい」と述べ、榎本武揚のひ孫の榎本隆充さん(82)=東京都在住=は「これからも参列し、子孫として曽祖父の指揮の下で亡くなっていった方の冥福を祈り続けていきたい」と神妙な面持ちで話していた。
慰霊祭後には碧血会の総会と参列者の直会(なおらい)が開かれ、市民と子孫らが交流を深めた。(大谷健人)