2011年3月11日の東日本大震災と東京電力福島第一原発事故の発生から丸6年。津波の被害を受け、道内唯一の死者を出した函館市内でも市民が集い、黙とうをささげた。多くの命が一瞬にして失われ、今もなお復興への歩みが続く東北各地域に向けて、あの日を経験したすべての市民が胸に鎮魂の思いを抱いた。
○…函館市地域交流まちづくりセンター(末広町)では、午前9時から献花台を設置。来館者が白と紫色のデンファーレを手向けた。地震が発生した午後2時46分には約50人の市民が黙とうをささげ、静かに手を合わせた。
引き続き、同会場では市内のミュージシャンらによる「3・11ライブ『一緒に。』手をつなごう」が開かれた。献花の後、多くの知人らが出演したライブを鑑賞した市内の宮本ミドリさん(70)は震災当日、栄町の自宅から市役所に避難したことを振り返り「この日のことは忘れてはいけないと思います」と話していた。(今井正一)
○…函館朝市協同組合連合会(井上敏広理事長)は函館朝市第1駐車場で、地震発生の午後2時46分に合わせ、被災者に対し、黙とうをささげた。震災翌年から活動をスタートさせ、今年で5回目。会員や家族、関係者ら約40人が集まり、震源地がある南東方向に面して、1分間黙とうした。
井上理事長は「震災後に気仙沼を訪れた際、津波被害のひどさをつくづく思い知った。活動は継続し、津波の恐ろしさを知る機会として伝えていきたい」と力を込めた。函館朝市どんぶり横丁市場内で飲食店を経営する高橋弘美さん(58)は「6年が経ったが、あの日のことは今でも思い出す。災害を忘れない機会として、この日を大切にしたい」と話していた。