箱館戦争時に敵味方を問わず負傷者の治療に努め、国内での赤十字運動の先駆者と称される医師・高松凌雲(18361916年)の功績をたたえようと、凌雲の生誕地である福岡県小郡市で銅像を建立する活動が進んでいる。17~19日には同市の加地良光市長らが函館市を訪れ、凌雲の足跡に触れた。
凌雲は箱館戦争の際、旧イギリス領事館向かいにあった箱館病院で院長を務め、敵味方を問わず戦傷者を治療したことで知られる。また、当時の東京府で民間初の貧民救療施設となった同愛社を創設するなどし、国内の赤十字運動をけん引したとされる。
今年で生誕190年、没後110年に当たるため、小郡市では福祉医療の礎を築いた凌雲の志を伝えようと銅像建立を計画。顕彰会を中心に実行委を立ち上げ、凌雲の誕生日である12月25日をめどに、西日本鉄道(西鉄)小郡駅前に高さ約2メートル、台座約1メートルの銅像を完成させ、市に寄贈する予定としている。
小郡市からは加地市長のほか、銅像を手掛ける同市出身の彫刻家灰塚みゆきさん、顕彰会の大場美紀さん(小郡市議)、同市教委文化財課の杉本岳史課長の4人が函館を訪問。初日に市立函館博物館を訪れたほか、18日午前に大泉潤市長を表敬訪問。午後には凌雲の兄・古屋作久佐衛門が眠る碧血碑(谷地頭町)や高龍寺(船見町)、旧箱館病院跡(弥生町)などを見て回った。碧血碑では函館碧血会の木村史俊参与らから碑建立の由来などについて説明を受け、加地市長も熱心に質問していた。
加地市長は「地元は生誕地ではあるが、あまり史料がない。函館で凌雲が大変な決意のもとに、命を懸けて活動されたことをひしひしと感じることができた。碧血碑は命を落とされた皆さんを大事にして、(新政府に)碑で対抗しようとする志を感じた」と述べた。
また、灰原さんは銅像の元となる縮小模型をすでに自作。聴診器を首にかけた凛々しい表情をしており、函館にも持参した。「子どもたちにとって未来の希望となり、心の支えと思えるような像を作りたい」と意気込みを話した。
実行委は6月10日まで、建立費用の獲得に向けたクラウドファンディングを実施している。目標額は1500万円。詳細は二次元コードを参照。(千葉卓陽)



