毎年、食生活論の講義の1回目は、学生たちに食べる理由を書いてもらう。ほぼ全員が「生きるため」「空腹を満たすため」と書くので、それ以外の理由も必ず書くように言うと、みな考えこむ。
誕生日のケーキやおせち料理を食べる理由は? 「食事でもご一緒に」というのはデートに誘う時の常套句(じょうとうく)だが、なぜか食事なのか。「同じ窯の飯を食う」となぜ親しくなれるのか。単に生きるためや、空腹を満たすためなら、わざわざ器に盛り付ける必要はない。作法も無用だろう。私たちが食べる理由は、コミュニケーションの手段や、安心感のためなど多様である。そして食べない理由は、ストレスや病気も含め、さらに複雑だ。
我が家にはもうすぐ13歳になる大型犬がいる。2、3年前、体調を崩して以来、市販のドッグフードの他に、手作りの餌を与えているが、急に食べなくなった。だが全く食べないのではなく、一口食べて拒否。大好物にも反応しない。全身隈(くま)なく検査したが異常なし。咀嚼(そしゃく)も嚥下(えんげ)も問題ない。食べない理由が分からない。体力保持のために、高カロリー低脂肪の流動食をシリンジで飲ませているが、病的な感じは全くなく、本人(犬)は至って上機嫌で元気だから不思議である。
すい臓を疑って治療もしているが、もしかしたら何か「悩み」でもあるのかもしれない。長年、食生活について教えているのに頑固な老犬を前に無力無策で情けない。犬も人間も実に悩ましい。
(生活デザイナー)