東京の叔母を転院させた。奇(く)しくも90歳の誕生日だった。甥である夫がたった一人の身内なので2年前から都内の家を毎月訪ね、昨年入院してからは、コロナ騒ぎの前まで毎週のように東京に通っていた。治療が一段落したので先日療養施設にやっと転院させた。
コロナ騒ぎの前の話である。あまりに覇気のない叔母に、しっかり食べて運動してねと言うと「なんのためにがんばるの?」と逆に質問されて答えに窮した。あまりに元気がないので、つい、娘たちもそのうち結婚するからと適当なことを言ったところ、とたんに叔母の目が輝いた。いつ? 誰と? と張りのある声で矢継ぎ早や。相手も予定もないとは言えず慌てていたら、幸い叔母はそれ以上聞かず、「それはよかった、楽しみができたからがんばるわ」と頬に赤みもさした。小さなうそは間違いなく叔母を元気にした。
大雨の中なんとか転院させた帰り道、この先が心配で足取りは重かったのだが、新橋駅で思わず足が止まった。丸いカプセル入りの「ガチャガチャ」がたくさん並んでいる場所が目に入ったのだ。一回400円は高い。だが、好きな喫茶店や食器のメーカーのもある。思い切って2度挑戦したところ、写真のポットとオムライスが出てきた。娘と思わず歓声をあげた。少し気が重い東京通いだったが、これからは見舞いのたびにこの「ガチャガチャ」に挑戦しよう。小さな幸せは意外とすぐ近くにあるのかもしれない。(生活デザイナー)