前回この欄に古いステレオの写真を載せ、父との思い出などを書いたところ、方々から感想が寄せられた。古いステレオにまつわる記憶は同じ時代を生きた人たちに共通の感傷を呼び起こし、時の流れを思わせたらしい。何年も使わなかったものは捨てるに限る、心ときめかないものは処分せよ、そう言う人たちが増えている。だが、心震えて手にしたものは、時間を掛けて心痛めて手放すべきだと私は思う。
心痛むと言えば、ステレオと一緒に電動ミシンも処分した。和装派の母は和裁を得意としていたのでわが家にはミシンがなかった。だが私が小学校に入ったころ、当時まだ珍しかった電動ミシンがわが家にやってきた。本体も椅子も家具調の箱に納まるモダンなデザインである。家庭科の宿題はこのミシンを使ったように思う。戦後、和装から洋装への大変革期には洋裁学校の人気はすごかったと聞く。洋服は縫えてあたりまえという時代になったのだろう。
だが、いつの間にか買った方が安い、既製品の方が素敵などと価値観は足早に変化した。そしてミシンも負けてはいない。時代の風を受けながら進化し続け、魅力的な機種が次々に開発されて、今再び手作りブームがやって来た。モノは雄弁に時代を語る。そしてこの家具調というデザインも懐かしくはないか。ライフスタイルの西洋化はこんなところにも見られたのだ。(生活デザイナー)