安全の確保
1999年1月、横浜市立大学病院で、肺手術と心臓手術の患者を取り違えて手術した事件が、さらに翌2月に都立広尾病院の看護師が、消毒液とヘパリン加生理食塩水を取り違えて静脈内に投与し、患者を死亡させた事件が発生し、医療安全についての社会的な関心が高まりました。これらの事件がきっかけとなり、厚生労働省は医療安全の確保に向けて、本格的な取り組みを始めました。
医療制度の根幹を規律する「医療法」第1条によると、「医療を受ける者の利益の保護及び良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保を図り、もって国民の健康保持に寄与すること」が目的とされております。しかし、現実問題として、医療行為には事故がつきものです。
従来、医療機関では、ミスをしたけど患者に影響がなかった場合をincident(インシデント)、直接患者に影響があった場合をaccident(アクシデント)に分類し、後者が「医療事故」と呼ばれてきました。さらに、医療事故のうち、過失を伴うものが「医療過誤」とされてきました。
他方、2014年6月の医療法の改正に伴い、2015年10月1日から「医療事故調査制度」が施行され、従来の「医療事故」の概念とは一線を画す新しい概念が導入されました。すなわち、「当該病院等に勤務する医療従事者が提供した医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産であって、当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかったものとして厚生労働省令で定めるもの」(医療法第6条の10第1項)と定義されています。そして、かかる事故が発生した場合、「病院等の管理者は、(中略)厚生労働省令で定めるところにより、速やかにその原因を明らかにするために必要な調査を行わなければならない」と定めています(医療法第6条の11)。
再発防止と安全実現
医療事故調査制度の目的は、発生してしまった医療事故に対し、関係者の法的責任を追及するのではなく、医療事故の再発防止と医療安全を実現することにあります。同制度の運営主体である一般社団法人日本医療安全調査機構(医療事故調査・支援センター)の事業報告書によると、2015年10月1日~2017年3月31日までの期間中に、医療機関から受理した医療事故報告受付件数は568件、院内調査結果報告受付件数は330件、医療機関と遺族等からの相談受付件数は2807件、センター調査依頼件数は28件とされています。
かかる数値の評価はデータの蓄積を待つほかありませんが、いずれにしても同制度には、医療機関が届出を怠った場合の罰則は設けられておりません。言い換えれば、医療機関の高度な倫理性にその存続基盤を置いていると言えます。医療業界ないし社会全体の社会資本、つまり「相互信頼」の度合いを図る試金石となる制度かもしれません。市立病院の1事案について、医療事故調査委員会に参画中の筆者としては、今後の運用に注目したいところです。
藤原凛専任講師(ふじわら・りん)
一橋大学法学研究科博士課程修了・法学博士。2017年から函館大学で経済関係法などを担当。市内病院事故調査委員会・市立函館病院倫理委員会外部委員。