排卵・妊娠と酵素
今回は私の学位研究の話です。酵素といえば皆さん何を思い浮かべるでしょうか?消化酵素とか、洗剤に含まれる汚れを分解する酵素でしょうか?実は排卵にも酵素が深く関わっています。卵巣に卵胞という卵子を含む袋が発育して、そこでのエストロゲン(女性ホルモン)産生が増えると、それを察知した脳の下垂体が排卵の指令となるLHというホルモンを大量に出します。この刺激によって血管から水分などが移行し卵胞は急速に増大・破裂し排卵に至るのですが、風船が破裂するのと違い卵胞の内圧は上昇せず、卵胞の壁が酵素の力で、もろくなることで破裂します。この酵素を探し出すのが私のミッションでした。
体外受精で採取した卵胞液を患者さんの同意を得て保存し、含まれる酵素を分離・精製したところ、もともと血液中に存在するタンパク分解酵素で、排卵前に卵胞に移行したと考えられました。この酵素が臨床的に役に立たないか?考えたのは排卵の際卵胞が破れないまま不完全な高温期に入ってしまう「黄体化未破裂卵胞症候群」への応用でした。これについては、当時の上司が別のアプローチから研究を続け、抗がん剤の副作用対策に用いる白血球を増やす薬剤で良い成果を挙げました。増えた白血球は血液から卵胞に移行し、寿命とともに分解される際、タンパク分解酵素を放出するのですが、これが卵胞の壁をやわらかくしてくれるのでした。この経験に基づき、私の行う不妊治療においては排卵後の管理も重視しています。
この白血球から放出されるタンパク分解酵素が害になることもあります。妊娠中に細菌性の炎症が腟から子宮の入り口である頸管まで及ぶと、細菌と戦うために増えた白血球からの酵素が羊水を包む膜を溶かし、前期破水の原因になります。このため切迫早産の治療は陣痛抑制、感染制御に加え、酵素活性の抑制を含めた3本柱が重要になります。
(ハコラク 2022年1月号掲載)
略歴
平成元年、北海道大学医学部卒業後、北大病院(不妊症グループ)および関連病院出向。平成10年、同大学院医学研究科修了、ヒト排卵機構の研究で博士(医学)の学位取得。平成11年、函館中央病院産婦人科医長、平成20年、同科長、平成25年、産婦人科ほんどおりクリニック開院。専門分野は不妊症、生殖内分泌。日本産科婦人科学会産婦人科専門医。
産婦人科 ほんどおりクリニック
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