スマホがなければ生活できない。時計や計算機、電話帳代わりにするのはもちろん、漢字を忘れた時も、空いた時間にニュースを確認するのも、掌中の小さな機械に頼りきりである。
便利な時代について行こうとフェイスブックとインスタもやっているのだが、これがなかなか忙しい。写真のように自分の仕事を発信するだけならマイペースでやれば良いのだが、返信が必要なメッセージやコメントもあるので目が離せない。友人知人の近況も気になる。かくしてこのトシになって女子高生のように頻繁にスマホを開くようになってしまった。これはまずい。即答しなければならない重要な事態などめったにないし、だれがどこで誰と何を食べようと私とは関係がない。そしてこれらの便利な機器はこちらの動向を勝手に流布する無礼さも合わせ持っている。
そう気付いたからには意志を強く時間を決めて使うことにした。だが思わぬよい情報を得ることができるのも事実である。居ながらにして自然の変化を感じることもできる。沖縄、九州、関西、東京と各地の知人が美しい桜の写真を次々にアップするのは毎年興味深い。桜は多くの人にシャッターを押させ、どこそこで咲いたよ、こんなにきれいだよといち早く発信したくなる不思議な花のようだ。
今年もご近所の桜が満開になったのでインスタに載せようと思っていたら知人に先を越された。なんだかとても悔しい。(生活デザイナー)